関門海峡と山陽道

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                                関門海峡山陽道                            



 関門海峡の付け根にある唐戸市場で昼食をとりました。ここには関の氏神として亀山神社があり、山陽道(古の官道・山陽大路)の起終点であり、ここから渡船に乗って西海道(九州)へと向かう、源平合戦の舞台ともなった要衝の地である。
 長州藩士に命を狙われた高杉晋作伊藤博文は亀山神社に逃れ、追いかけてきた刺客から神社内の茶店の18歳のお茶子の機転で九死に一生を得た伊藤博文は、後にこの梅子というお茶子と結婚するのである。
 文久三年五月十五日、雨に煙る下関海峡に姿をあらわしたアメリカ商船「ペンブローグ号」に向かって、久坂玄瑞率いる光明寺隊が攘夷の第一弾を撃ち出したのも、この亀山神社に設けられていた砲台からであった。
 それにしても「山陽道」という字、風格があります。顔真卿風の書風といい、しばらく見とれてしまいました。