江戸時代、日本一と謳われた塩田王 備前児島の野崎家旧宅に行きました-その①
江戸時代、日本一と謳われた塩田王
備前児島の野崎家旧宅に行きました-その①
御成門の石積みは、お城の石垣の最上部に用いられる「鉢巻積」とよばれるもので、テストパイロットはこれまで、小豆島の属島である豊島の、西日本屈指の材木商といわれた「片山邸(邸宅は町指定文化財、庭園は県指定文化財)」と赤穂市坂越で300年続「奥藤家(酒造り、大庄屋、廻船業)の三軒だけです。
御成門をくぐり表書院へと向かいました。
枯山水の庭園、大・中・小の飛び石の配置が絶妙で庭の格式を高めています。
備前池田公など貴賓を応接するための表書院です。、
表書院の一間(約2メートル)の長大な庇を支えるのは北山杉の巨木です。
脇の上がり口には、野崎家の懸硯(船箪笥)が飾られていました。
江戸時代松に日本一の塩田王と謳われた野崎家は、敷地面積約3000坪、建坪延床面積1000坪近くあります。建物と庭園が創建時代そのままに残されている野崎家は、極めて希な存在です。
続きまして、野崎家その②をお楽しみにして下さい。乞うご期待を(笑み)
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