上海・魯迅公園②

 散策するのは最適な魯迅公園・・・
 
  魯迅公園はかつては虹口公園と呼ばれており、清朝時代の1896年上海共同租界工部局(市役所に相当)が租界の外にあった農地を取得して造営された。
当初公園は「虹口娯楽場」と呼ばれ、イギリス人園芸家によって設計されたため西洋式庭園であり賭博場が設置されていた。1922年に「虹口公園」と改称された。
   この公園では1932年には日本人要人が多数殺傷した上海天長節爆弾事件が発生した。1937年に日華事変で上海に侵攻した日本軍によって公園内の建物は破壊された。1942年には完全に日本軍の軍事用地として接収された。
日本が敗北し撤退した1945年蒋介石に因んだ「中正公園」に改称されたが、1950年に旧称に復した。
 上海市民の憩いの場でもある魯迅公園。20世紀初頭に活躍した中国の偉大な文学者、魯迅にゆかりのある地であることから、かつての虹口公園から呼び名を変え魯迅公園となった。 池や森のある広大な公園の中には、魯迅の紀念館や墓があり、その傍ら、ボート遊びや太極拳を楽しむ市民の姿も見られる。
                                インターネットウイキペアなど参照
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  危ない中国人ではないです。
    謎の、おっさんです・・・
    でも、おっさんは、中国の人から道を聞かれたり、話しかけられたのには、びっくり しました。