『志に生きた男・奇跡の医師頓宮寛 ⑥』

『志に生きた男・奇跡の医師頓宮寛 ⑥』 
 
 頓宮は、晩年(昭和三十五年五月)、『日本人国民性の盲点か』という一文を残している。
「先般NHKテレビで「日本の素顔」題下の「せり合い経済学」を見ました。
 最初の例はタイ国メナム河鉄橋工事請負人の入札競争で、工事は、ある日本企業会社に決定したが、入札競争に敗れた別の日本企業会社が、先方政府の裏口から競争相手にケチをつけ、先方当局の信用を失墜させようとした話でした。
 次の例は、現下年輸出額二百億円にのしあがった玩具製造業者の話でした。米国から来たバイヤーが、各所の大小玩具製造工場を次から次へと訪問して、製品価格をたたき減価競争をあおりたてる実景でした。業者は先方の術策にひっかかり、値下げ競争で破産工場を出す実景でした。うす暗い貧弱な工場の事務室に米国人バイヤーが女秘書とともに、上長官のように「君臨」すると、主人公は日本式に丁寧に頭を下げて迎え入れるイヤな光景もありました。
  右記タイ国の例の様な場合には、中国請負業者であったら他の中国請負業者と請負競争をやっても、相手業者を誣告して失脚せしめるような謀略態度には出ないで、若し一方が大成功した場合、他の一方はその傘下に馳せ参じ、自己の地位なり信用なりを高めようとする習性がある由でした。私共が中学時代に読まされた漢書にも「食客三千人」という文句もあった様に記憶します。生存競争の敗者を抱えこんで誇りとした時代もあるようでした。現代でも中国人国民性の裏面には、勝者は敗者を抱擁し、敗者は勝者にもたれかかるニユアンスも感じられる様に思います。仮に請負入札の敗者になっても同業者間の「面子」を重んじ、仲間を蹴落すような態度をとって双方手疵を受けるような愚策は取りません。また上記玩具業者がお互いに嫉みあって、値段を叩かれて破産するような愚は致しません。殊に外国バイヤーに対する場合、必ず相互間に連絡と固い団結を作る筈です。
 日本人は元来頭は良く手先は頗る器用で、輸出向玩具の様な生産には自信満々たる筈ですが、折角の能力も自己利益に急なる余り、各自バラバラで、対外的には同業者同士が日本人業者としての欠陥ーー盲点ーーを世界市場に晒す場合が間間ある様です。ある英人の批判では、日本人業者と契約する場合、他の日本人同業者が前者にケチをつける習慣あり、この点アイリツシユに似ている由です。」