牛転(うしまろび)から牛窓になったという・・・

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備前焼祭りの帰り、小豆島行きのフエリ-と日生の港 
 
 
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 日生港の沖合に浮かぶ、ここで罪人の首を斬って処刑したと伝えられている岩礁
 
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 牛窓を望む
 
 小豆島と備讃瀬戸の海をへだてた対岸に、岡山県瀬戸内市牛窓という古い湊町がある。小豆島と並び、日本二大オリーブ産地の一つでもある。
 牛窓という地名の由来は 「備前国風土記」によれば、神功皇后三韓征伐に向かう途中、塵輪鬼(じんりんき=頭が八つの大牛怪物)に襲われたが弓で射殺。皇后が新羅からの帰途、成仏出来なかった塵輪鬼が牛鬼になって再度来襲、神功皇后の乗る船を転覆させようとした。神功皇后の守護神である住吉の神が牛鬼の角をつかんで投げ転がした。この場所を牛転(うしまろび)といい、牛窓になったという。牛窓周辺には、伝説にまつわる島や神社等がある。
 
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  小豆島から源平の古戦場讃岐「屋島」、保元の乱で讃岐に流され悲憤の裡に崩御した崇徳上皇終焉の地白峰、桃太郎伝説の鬼ヶ島のモデルになったと伝えられる女木島、男木島を望む。
 
 小豆島にも牛窓と同じような伝承が数多く残っている。古代から江戸時代にかけての瀬戸内海は、悪天候や台風という自然災害だけでなく、海賊の跳梁跋扈などさまざまな危険に満ちていたのである。
 今でこそ、瀬戸内海の風光明媚な多島美は、観光に訪れる人々を感嘆させるが・・・
  高秋の穏やかな備讃瀬戸の海をフェリ-から見ているうちに、ふと昔観た木下順二先生の『子午線の祀り』という平家物語を基底にした劇を思い浮かべた。