驚いた!!戦前のイギリスの植民地経営よりも苛烈な東京電力には

 驚いた!!戦前のイギリスの植民地経営よりも苛烈な東京電力には
 
 上海内山書店の店主で魯迅の最大の庇護者であった内山寛造の『花甲録』を読んでいると、東京電力の傲慢さ、苛烈さがよくわかった。
内山は、昭和14年に上海の電力料金についてふれて、英国人の賢さに感心している。
 太平洋戦争前の日本が上海を支配下に置く前の上海の電気は、英国人支配下の共同租界工部局の電気課、後の上海電力公司が供給していた。電力の供給を一手ににぎる英国人は電気料金を毎年改正していた。『花甲録』に次のように記されている。
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「電気料金を決めるのに一つの面白い方法がある。電力料金は毎年改正されることになっている。なぜかというと翌年一カ年の使用石炭の買い入れ入札が年末頃に行われる。その石炭の買い入れが安いか高いかその買い入れ値段を基準にして電気料金が上がったり下がったりする。つまり営業欠損は全くない。その危険はすべて需要者に負わせてあるのである。これは実に巧妙なる経営法であると私は今も感心している。英国人の賢さがよく見えるであろう」『花甲録』昭和己卯14年(1939) より抜粋
 戦後、内山完造はこのように回想しているが、上海の電気を生み出す火力発電所の石炭の買い入れが安いか高いか、その買い入れ値段を基準にして電気料金が上がったり下がったりする。植民地経営のスペシャリストである英国でさえ、このように電気料金の内訳をオープンにしていたのである。内山完造が今も健在で、現在の東京電力の経営方針を知ったら、英国人の植民地経営も真っ青な苛烈さに唖然としたであろう。
 それにしても、眉毛を下げ、いかにも人の良さそうなアマチュア劇団崩れの「お客様係」という役員をテレビに出演させて、電気料金の値上げがどうしても必要であるという演出をする東京電力の経営陣のしたたかさには、日本人もタフな英国人の上前をはねる、凄いなあと、ある種の感嘆を覚えてしまう。
 いつの間にか日本は、戦前のイギリスの植民地以下になったのであろうか・・・